「遺言を書こうと思うが、自分で書く方法と公証役場で作る方法、どちらがよいのか」――この質問は、遺言相談の現場で最も多く寄せられるものの一つです。結論から言えば、確実性を重視するなら公正証書遺言、手軽さとコストを重視するなら自筆証書遺言(できれば法務局保管制度を併用)、というのが実務上の一般的な整理です。

しかし、それぞれの方式には法律上の厳格な要件があり、満たさなければ遺言全体が無効になります。また、費用や保管方法、相続開始後の手続きの違いも無視できません。本記事では、両者の違いを比較表と条文・実務の両面から整理します。

まず結論:比較表でみる違い

項目 自筆証書遺言(民法968条) 公正証書遺言(民法969条)
作成者 遺言者本人が全文自書(財産目録のみPC可) 公証人が筆記
証人 不要 2人以上必要
費用 ほぼ無料(法務局保管なら3,900円) 公証人手数料(財産額に応じて変動+遺言加算1万1,000円)
保管 自宅/法務局保管制度 公証役場で原本保管(半永久)
検認(民法1004条) 必要(法務局保管なら不要) 不要
改ざん・紛失リスク あり(法務局保管で大幅に低減) ほぼなし
遺言能力争いへの強さ 弱い(筆跡鑑定等が必要になることも) 強い(公証人が本人確認・口授確認)
方式不備で無効になるリスク 高い ほぼなし

自筆証書遺言(民法968条)の要件

民法968条は、自筆証書遺言について、遺言者がその全文、日付および氏名を自書し、これに印を押さなければならないと定めています。要件は厳格で、一つでも欠ければ遺言全体が無効になります。

主な注意点は以下のとおりです。

  • 全文自書:パソコン・代筆は原則不可。
  • 日付:「令和○年○月吉日」のような不確定な記載は無効と解されています(最判昭54.5.31)。
  • 氏名:通称・ペンネームでも本人特定ができれば足りるとされますが、戸籍上の氏名が無難です。
  • 押印:認印でも有効ですが、実印が望ましい。指印(拇印)も判例上有効とされた例があります(最判平元.2.16)。

2019年改正:財産目録はパソコン作成可

2019年(平成31年)1月13日施行の改正により、財産目録に限り、自書でなくPC作成・通帳コピー添付などが認められました(民法968条2項)。ただし、目録の各ページに署名押印が必要です。本文部分は依然として全文自書が必要なので、混同しないよう注意が必要です。

公正証書遺言(民法969条)の要件

民法969条は、公正証書遺言について、次の方式によることを定めています。

  1. 証人2人以上の立会い
  2. 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること
  3. 公証人が口授を筆記し、遺言者および証人に読み聞かせまたは閲覧させること
  4. 遺言者および証人が筆記の正確性を承認した後、各自署名押印すること
  5. 公証人がその証書が前各号の方式に従って作成されたものである旨を付記して署名押印すること

なお、推定相続人・受遺者およびその配偶者・直系血族は証人になれません(民法974条)。証人を身内で揃えようとして失敗するケースが散見されますので、注意が必要です。

検認(民法1004条)の要否

民法1004条は、遺言書の保管者または遺言書を発見した相続人は、相続開始を知った後、遅滞なく家庭裁判所に検認を請求しなければならないと定めています。これに違反した場合、5万円以下の過料に処せられます(民法1005条)。

ただし、以下は検認不要です。

  • 公正証書遺言(民法1004条2項)
  • 法務局に保管された自筆証書遺言(法務局における遺言書の保管等に関する法律11条)

検認は遺言の有効・無効を判断する手続きではなく、あくまで遺言書の現状を保全する手続きです。とはいえ、相続人全員への通知や期日調整で1〜2か月かかるのが通常で、その間は不動産の名義変更(相続登記)も預金解約も進められません。検認不要の方式を選ぶ実務的メリットは大きいといえます。

公正証書遺言のメリット

1. 遺言能力争いに強い

遺言が無効になる典型的な理由は「方式不備」と「遺言能力の欠如」です。後者は、認知症等で遺言時に判断能力がなかったと主張されるケースで、遺言書の有効性をめぐる訴訟の主戦場になっています。

公正証書遺言の場合、公証人が遺言者本人と直接面談し、口授内容を確認します。公証人は法律実務家であり、明らかに判断能力に疑義がある場合は作成を断ります。この事実は、後日の訴訟で遺言能力を立証する有力な間接事実となります(東京地判平28.8.25等)。

2. 検認不要

前述のとおり、相続開始後すぐに遺言執行に着手できます。

3. 原本紛失リスクなし

公証役場で原本が保管され、遺言者の死亡後150年(または遺言者の生後170年)まで保管されます。正本・謄本を紛失しても、再発行が可能です。

費用感(公証人手数料令)

公正証書遺言の費用は、公証人手数料令9条別表で定められています。財産額(相続人ごとの取得額)に応じて以下のように決まります(主要部分のみ抜粋)。

目的価額 手数料
100万円以下 5,000円
200万円以下 7,000円
500万円以下 11,000円
1,000万円以下 17,000円
3,000万円以下 23,000円
5,000万円以下 29,000円
1億円以下 43,000円

これに加えて、全体の財産額が1億円以下の場合は遺言加算として1万1,000円が上乗せされます(手数料令19条)。さらに、相続人・受遺者ごとに上記手数料を計算して合算する点に注意が必要です。

【概算例】財産6,000万円を妻と子2人に2,000万円ずつ相続させる場合

  • 妻分:23,000円、子1:23,000円、子2:23,000円
  • 遺言加算:11,000円
  • 合計:80,000円(証人日当・正本謄本代は別途)

自筆証書遺言の法務局保管(1通3,900円)と比べると確かに高額ですが、訴訟リスクや検認手続きの手間まで考えれば「保険料」として十分に合理的といえる金額です。

どちらを選ぶか――実務的な判断軸

以下のいずれかに当てはまるなら、公正証書遺言を強く推奨します。

  • 高齢で、将来の遺言能力争いが懸念される
  • 相続人間に対立がある、または対立の可能性がある
  • 不動産・自社株など名義変更手続きが複雑な財産がある
  • 受遺者が法定相続人以外(内縁・友人・法人など)を含む
  • 推定相続人の一部に行方不明者・非協力者がいる

逆に、財産が預貯金中心で相続人が円満、かつ手軽さを重視するなら、自筆証書遺言+法務局保管制度でも実務上は十分機能します。


【さらに深掘り】方式選択を「保険」と捉える視点

ご注意 以下は執筆時点(2026年5月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士(または税理士)にご相談ください。

「自分で書ける」≠「自分で書くべき」

自筆証書遺言は確かに費用がかからず、誰の目にも触れずに作成できる利点があります。しかし、相続実務に携わる立場から申し上げると、自筆証書遺言で「無事に執行できた」案件と「紛争・無効リスクが顕在化した」案件の比率は、決して楽観できる水準ではないというのが実感です。

典型的な失敗例を挙げます。

  • 日付が「令和○年○月吉日」:無効
  • 夫婦が同じ用紙に共同で記載(民法975条で共同遺言は禁止):無効
  • 遺言書の一部に他人の補筆あり:その部分または全体が無効になりうる
  • 訂正方式(民法968条3項)の不遵守:訂正部分が無効
  • 「長男に全財産を任せる」等の不明確な文言:解釈をめぐって紛争化

これらは公正証書なら公証人がチェックするため、ほぼ起こりません。「方式不備リスクをゼロにできる」点こそが、公正証書の最大の価値です。

法務局保管制度との使い分け

2020年7月から始まった法務局保管制度(自筆証書遺言書保管制度)により、自筆証書遺言の弱点である「紛失・改ざん・検認」の問題は大幅に改善されました。法務局では形式面のチェック(日付・氏名・押印・全文自書か等)も行われますが、内容の有効性までは判断しません。たとえば「長男に任せる」のような曖昧な文言でも、形式さえ整っていれば保管されてしまいます。

つまり、法務局保管制度は「保管」の安全性を担保するものであって、「内容」の有効性を担保するものではない、という限界を理解しておく必要があります。

家族信託との組み合わせ

近年は、認知症対策として家族信託(民事信託)と遺言を組み合わせる設計が増えています。信託契約で生前の財産管理を任せ、信託に組み込まなかった財産(自宅以外の預金、退職金等)について遺言を残す、という構成です。

この場合、信託契約自体が公正証書で作成されることが多いため、遺言も公正証書で揃えて統一管理するほうが、相続発生後の執行が圧倒的にスムーズです。両者を一体の「資産承継パッケージ」として設計することをお勧めします。

遺言執行者の指定を忘れずに

方式の選択と並んで重要なのが、遺言執行者の指定(民法1006条)です。執行者がいない場合、相続人全員の協力が必要になり、一人でも非協力者がいると手続きが停滞します。公正証書・自筆証書いずれの場合も、信頼できる執行者を遺言で指定しておくことが、円滑な執行の鍵となります。

具体的な遺言設計や執行者選任については、お近くの司法書士にご相談ください


【さらに深掘り】遺言と相続税の交差点

ご注意 以下は執筆時点(2026年5月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士(または税理士)にご相談ください。

公証人手数料は「相続費用」にはならない

まず実務的な誤解として多いのが、「公正証書遺言の作成費用は相続税の債務控除になるのか」という点です。結論として、被相続人の生前に支払った公証人手数料は、相続税の計算上、債務控除の対象にはなりません(相続税法13条)。生前の費用は被相続人自身の費用であり、相続開始時点で残っていない以上、控除のしようがないためです。

逆に、相続開始後に遺言執行者の報酬を支払った場合も、これは原則として債務控除できません(相続費用ではあっても被相続人の債務ではないため)。費用面での節税効果を期待するのではなく、「揉めない・滞らない」ことによる結果的な節税(後述)に意義を見出すべきです。

「相続させる」と「遺贈する」の税務上の違い

遺言文言として「相続させる」と「遺贈する」は似ていますが、税務・登記上の取扱いが異なります。

  • 法定相続人に対して:「相続させる」が原則。登録免許税は不動産価額の0.4%(相続)。
  • 法定相続人以外に対して:「遺贈する」を使用。登録免許税は2.0%(遺贈)。
  • 不動産取得税:相続による取得は非課税、特定遺贈(法定相続人以外への遺贈)は課税。

文言を誤ると、後日の登記費用・税負担が大きく変わります。公正証書遺言は公証人がこの点もチェックしますが、自筆証書遺言で「次男の嫁に自宅を相続させる」と書いてしまうケース(次男の嫁は法定相続人ではないので「遺贈」が正しい)は実務上散見されます。

相続税の2割加算(相続税法18条)に注意

遺言で孫・兄弟姉妹・甥姪・友人・内縁の配偶者などに財産を渡す場合、相続税法18条による2割加算の対象となります。

具体的には、相続または遺贈により財産を取得した者が、被相続人の一親等の血族(代襲相続人となる直系卑属を含む)および配偶者以外である場合、その者の相続税額は2割増しになります。

【典型例】

  • 孫への遺贈:原則2割加算(ただし代襲相続人である孫は除く)
  • 兄弟姉妹への遺贈:2割加算
  • 内縁の配偶者への遺贈:2割加算(法律上の配偶者ではないため)
  • 養子(孫養子)への相続:2割加算(代襲相続人を除く)

「孫に直接渡したい」というニーズは多いのですが、世代飛ばしによる相続税の取戻し的な趣旨でこの加算が設けられています。遺言設計の段階で税負担まで見越した検討が必要です。

配偶者の税額軽減・小規模宅地等の特例との連携

遺言で誰に何を相続させるかは、配偶者の税額軽減(相続税法19条の2、配偶者は法定相続分または1億6,000万円のいずれか多い額まで非課税)や、小規模宅地等の特例(租税特別措置法69条の4、特定居住用宅地等は330m²まで80%減額)の適用可否に直結します。

たとえば、自宅を誰に相続させるかで小規模宅地等の特例が使えるか否かが決まり、結果として相続税が数百万円単位で変わることも珍しくありません。遺言作成時に税務シミュレーションを行わずに「気持ち」だけで配分を決めてしまうと、残された家族が想定外の税負担を抱えることになります。

「揉めない遺言」が最大の節税

相続税の申告期限は相続開始から10か月(相続税法27条)です。この期間内に遺産分割が確定しないと、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例が当初申告では使えません(後日「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出して分割確定後に更正の請求等で適用することは可能ですが、資金繰りや手続き負担が大きくなります)。

公正証書遺言があれば、相続発生後すぐに分割が確定し、これらの特例を当初から適用できます。「揉めないこと」「滞らないこと」自体が、結果として大きな節税効果を生むのです。

具体的な税額試算や遺言文言の税務チェックについては、お近くの税理士にご相談ください


【まとめ】

自筆証書遺言と公正証書遺言は、それぞれメリット・デメリットがあります。費用だけで判断せず、相続人の人数・関係性・財産構成・自身の年齢と健康状態を総合的に踏まえて選択することが重要です。迷われた場合は、お近くの司法書士にご相談ください