「義理の父(夫の父)を10年以上介護してきたのに、相続では一切財産をもらえない」──こうした相談は、相続の現場でしばしば聞かれます。なぜなら、嫁や婿は法律上の「相続人」ではないため、原則として相続財産を受け取る権利がないからです。
しかし、2019年7月に施行された改正相続法(民法)により、こうした相続人以外の親族にも、一定の金銭を請求できる道が開かれました。それが特別寄与料制度(民法1050条)です。
特別寄与料制度とは
特別寄与料制度とは、相続人以外の被相続人の親族が、無償で被相続人の療養看護などをしたことによって、被相続人の財産の維持または増加に特別の寄与をした場合に、相続人に対して金銭の支払いを請求できる制度です(民法1050条1項)。
それまでも、相続人については「寄与分」という制度(民法904条の2)がありましたが、これはあくまで相続人だけが対象でした。嫁や婿、甥や姪などが、どれほど被相続人を支えても、相続上は何も評価されないという不公平が長年指摘されてきたのです。
特別寄与料制度は、この不公平を是正するために新設されました。
誰が請求できるのか
請求できる人を整理すると、以下のとおりです。
- 相続人ではないこと(相続人は寄与分制度のほうを使います)
- 被相続人の親族であること
ここでいう「親族」とは、民法725条の定義に従い、6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族を指します。たとえば次のような立場の人が当てはまります。
- 長男の妻(被相続人から見て「子の配偶者」=1親等の姻族)
- 被相続人の兄弟姉妹の子(甥・姪。3親等の血族)
- 被相続人の孫(直系卑属)※ただし代襲相続人になる場合は寄与分の対象
逆に、内縁の配偶者や事実上の養子(戸籍上の養子縁組をしていない人)、友人・知人は、どれだけ尽くしても特別寄与料の対象にはなりません。法律上の親族関係が前提となっている点に注意が必要です。
何をしていれば認められるのか
特別寄与料が認められるには、以下の要件をすべて満たす必要があります。
- 無償で労務を提供したこと(報酬を受け取っていないこと)
- 療養看護その他の労務の提供をしたこと
- それによって被相続人の財産の維持または増加について特別の寄与をしたこと
ポイントは「無償」と「特別の」という2点です。
「無償」要件があるため、被相続人から生活費や報酬を受け取っていた場合は対象外となるおそれがあります。また、「特別の」寄与が必要なので、夫婦・親子間で通常期待される程度の世話や支援では足りず、それを超える貢献が求められます。
なお、条文上は「療養看護その他の労務の提供」とされており、介護に限らず家業の手伝いなども含まれ得るとされていますが、「金銭の出資(資金援助)」が含まれるかについては解釈が分かれています。実務では争いになりやすい論点です。
いくらもらえるのか
特別寄与料の金額は、まずは当事者(特別寄与者と相続人)の協議で決めます。協議が整わない場合や協議ができない場合には、家庭裁判所に処分を請求することができます(民法1050条2項)。
家庭裁判所が金額を定めるときは、寄与の時期・方法・程度や、相続財産の額その他一切の事情を考慮するとされています(同条3項)。
ただし、特別寄与料の額は、被相続人が相続開始の時に有していた財産の価額から遺贈の価額を控除した残額を超えることができないと定められています(同条4項)。つまり、相続財産の総額を上限とする枠が設けられています。
実際の金額の相場は、寄与の内容や期間、相続財産の規模などによって大きく異なり、ケースバイケースです。
いつまでに請求しなければならないか(重要)
特別寄与料の請求には、厳しい期間制限があります。
家庭裁判所に処分を請求する場合、特別寄与者が相続の開始および相続人を知った時から6か月を経過したとき、または相続開始の時から1年を経過したときは、請求できなくなります(民法1050条2項ただし書)。
通常の相続放棄の熟慮期間(3か月)と並んで、相続関係の手続きは時間勝負です。「介護してきたのだから当然もらえるはず」と思っているうちに期間が過ぎてしまうケースが少なくありません。
よくある誤解
実務でよく見かける誤解を、いくつか挙げておきます。
誤解1:嫁や婿は自動的にもらえる → いいえ。あくまで「請求権」が認められるだけであり、請求しなければもらえません。また、要件を満たさなければ認められません。
誤解2:内縁の妻も対象になる → いいえ。婚姻届を出していない内縁関係は「親族」に当たらないため、対象外です。
誤解3:報酬を受け取っていてももらえる → いいえ。「無償」要件があるため、給与や報酬として受け取っていた場合は原則対象外です。
誤解4:金額は介護期間×介護報酬の単価で機械的に決まる → いいえ。家庭裁判所は一切の事情を考慮して定めます。介護報酬の単価を一つの参考にすることはあっても、機械的に算定されるわけではありません。
制度を活かすために
特別寄与料制度は、長年の不公平を是正する重要な制度ですが、期間制限が短く、要件の主張・立証も容易ではありません。介護の事実を裏付ける記録(日記・領収書・病院の付添記録など)が決め手になることもあります。
「義理の親を介護してきた」「相続でもめそうな気配がある」と感じたら、早めにお近くの司法書士にご相談ください。協議による解決の可能性を探りつつ、家庭裁判所への申立て期限を見据えた対応が必要になります。
【さらに深掘り】特別寄与料と相続登記の交錯
ご注意 以下は執筆時点(2026年5月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、お近くの司法書士にご相談ください。
不動産登記実務の観点
特別寄与料(民法1050条)は金銭債権であって物権ではありません。したがって、特別寄与料の発生・確定・支払いそれ自体を登記原因として、不動産登記簿に直接反映させる仕組みはありません。にもかかわらず、相続財産に不動産が含まれている場合、相続登記の事務と特別寄与料の処理は実務上しばしば交錯します。
遺産分割協議と特別寄与料の同時処理
特別寄与者(嫁・甥姪など)は相続人ではないため、遺産分割協議の当事者にはなりません。したがって、形式的には、相続人だけで遺産分割協議書を作成して相続登記を進めることができます。しかし、相続財産に不動産が含まれており、相続人の一人がそれを取得して代償金を他の相続人や特別寄与者に支払うような調整をする場合、遺産分割協議と特別寄与料の協議を並行して進めるほうが実務的には円滑です。
具体的には、不動産を取得した相続人が、他の相続人への代償金とは別に、特別寄与者へ支払う特別寄与料も取り決めておくケースが見られます。協議書としては、相続人間の遺産分割協議書と、相続人と特別寄与者間の特別寄与料に関する合意書を別途作成するのが一般的です。
相続登記の登記原因証明情報への影響
相続登記の申請における登記原因証明情報は、原則として被相続人の死亡から相続関係を示す戸籍・除籍謄本、遺産分割協議書(押印・印鑑証明書付き)です。特別寄与料に関する合意書は、相続登記の登記原因証明情報には含まれません。特別寄与料は遺産分割の対象(民法906条以下)ではなく、相続人の固有の債務として処理される性質のものだからです。
したがって、特別寄与料の協議が長引いていても、それを理由に相続登記を遅らせる必然性はありません。むしろ、相続登記義務化(不動産登記法76条の2、令和6年4月1日施行)の3年期限が進行している以上、先に相続登記を済ませてから特別寄与料の協議を続けるという選択肢も検討に値します。
期間制限の交錯に注意
特別寄与料の家裁申立ては、相続開始および相続人を知った時から6か月、または相続開始時から1年で打ち切られます(民法1050条2項ただし書)。これは相続登記義務化の3年期限と比べてはるかに短い期間です。実務では、特別寄与料の期間制限のほうが先に到来することを忘れず、両者の手続きの時間軸を整理しておく必要があります。
税務上の観点
特別寄与料は税務上の取扱いが独特で、請求する側(特別寄与者)と支払う側(相続人)の両方で税務処理が発生します。
特別寄与者側の課税──「遺贈」とみなされる
特別寄与料を受け取った特別寄与者には、相続税が課税されます。相続税法4条2項は、特別寄与料の額に相当する金額を、特別寄与者が被相続人から遺贈により取得したものとみなすと定めています。所得税ではなく相続税の対象になる点に注意が必要です。
しかも、特別寄与者は配偶者でも一親等の血族(子・親)でもないため、相続税の2割加算の対象となります(相続税法18条1項)。具体的には、算出された相続税額にその20%相当額が加算されます。「無償で介護した報酬」という性格でありながら、税負担は決して軽くないことを覚えておく必要があります。
申告期限は、特別寄与料の額が確定したことを知った日の翌日から10か月以内です(相続税法29条1項)。通常の相続税の申告期限(相続開始を知った日の翌日から10か月)とは別に起算される点が、実務上見落とされやすい論点です。
相続人側の課税──課税価格から控除できる
支払う側の相続人にとっても、税務上の取扱いがあります。相続人が支払った特別寄与料の額は、その相続人の相続税の課税価格から控除することができます(相続税法13条4項)。複数の相続人で分担した場合は、各相続人の負担額に応じて控除します。
すでに相続税の申告を済ませた後で特別寄与料が確定した場合は、更正の請求(相続税法32条1項7号)によって還付を受ける手続きが用意されています。請求期限は特別寄与料の額が確定したことを知った日の翌日から4か月以内なので、こちらも期限管理が重要です。
実務上の注意点
- 特別寄与料は相続税の基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)の枠内で判断されるため、相続財産が基礎控除以下であれば、特別寄与者側にも申告義務は生じません。
- 特別寄与料を受け取った後、それを原資としてさらに別の人に贈与した場合は、別途贈与税の問題が生じます。
- 細かな計算・申告は税理士の業務範囲です。本記事は税務の概要を整理したものであり、個別の申告は税務署または税理士にご確認ください。