「引っ越しのときに権利証がどこかへいってしまった」「相続した実家の権利証が見当たらない」——そんな声が実務では珍しくありません。
でも安心してください。権利証がなくても、不動産の登記は申請できます。法律上、3つの代替手段が用意されているからです。ただし、いずれも通常より時間や手間がかかります。今回は、その仕組みと、あわせて知っておきたい「不正使用への備え」をご紹介します。
「権利証」ってなに?
不動産を購入・相続・贈与などで取得すると、法務局(登記所)から登記識別情報(とうきしきべつじょうほう)が発行されます。これが俗に「権利証(けんりしょう)」と呼ばれているものです。
2005年(平成17年)の不動産登記法改正以前は、紙の「登記済証」が交付されていましたが、現在はほとんどの地域で、英数字12文字のパスワードが記載された書面(登記識別情報通知)が発行されています。
この情報は、売却・担保設定などで登記申請を行う際に「本人が申請している」ことを確認するために使われます。紛失しても再発行はされません(これが権利証紛失問題の厄介なところです)。
権利証がなくても登記できる3つの方法
権利証(登記識別情報)を紛失した場合、以下の3つのいずれかの方法で対応します(不動産登記法第23条)。
① 事前通知制度
登記申請後、法務局が登記名義人(不動産の所有者)宛てに本人限定受取郵便で通知を送り、本人が2週間以内に「確かに申請しました」と法務局へ回答することで、登記が完了する方法です。
- 費用:なし(司法書士への報酬は別途)
- 注意点:郵便を受け取れなかった場合や、期限内に回答できなかった場合は申請が却下されます
② 公証人による本人確認(公証人認証)
公証役場(こうしょうやくば)に出向き、公証人(こうしょうにん)に本人確認をしてもらいます。公証人が作成した認証文書を添付して登記申請する方法です。
- 費用:公証役場の手数料(数千円程度)
- 注意点:公証役場への直接来所が必要です
③ 資格者代理人(司法書士など)による本人確認
司法書士などの有資格者が本人と面談して本人確認を行い、その結果を法務局へ報告することで登記申請を進める方法です(不動産登記規則第72条)。
- 費用:司法書士への追加費用が発生する場合があります
- 注意点:面談の日程・場所の調整が必要です
実務上は③が最もスムーズに進むケースが多いですが、状況によって最適な方法は異なります。
権利証を「意図的に失効させる」という選択肢
「権利証はあるが、盗難が不安」「紛失したが悪用が心配」という場合には、失効申出制度が使えます。
これは、登記名義人本人が法務局に「この登記識別情報を無効にしてほしい」と申し出る制度です(不動産登記規則第65条第1項)。失効申出をすると、その登記識別情報は永久に使えなくなります。
「権利証を預けてほしい」などと不審な接触があった場合や、権利証の所在がまったく分からない場合に有効な備えです。
⚠️ 注意:失効申出は取り消せません。 一度失効した登記識別情報は元に戻せないため、本当に必要かどうか慎重に判断してください。
いざというときのために今できること
権利証の紛失は、不動産の売却や住宅ローンの借り換えのタイミングで初めて気づくことがほとんどです。
「どこにしまったか分からない」という状態を避けるために、今のうちに保管場所を確認・整理しておくことが何より大切な備えです。
【さらに深掘り】登記識別情報の紛失・失効申出に関する実務論点
ご注意 以下は執筆時点(2026年4月)の法令・通達・実務運用に基づく一般的な解説です。個別事情により判断が分かれる論点を含みます。実務適用は最新情報と個別事情を踏まえ、専門家にご相談ください。
事前通知の「2週間」はいつから起算するか
事前通知の回答期限は、法務局が通知を発送した日の翌日から起算した2週間です(不動産登記法第23条第1項、不動産登記規則第70条)。ただし、**売買(売主が代金を受領する場合)**のように取引の決済と同日に登記申請するケースでは、この2週間の待機期間が実務上の障壁になります。そのため、売買登記では③の資格者代理人による本人確認が選ばれることが多く、事前通知は相続登記など時間的余裕がある場面で活用されます。
資格者代理人確認情報と「2段階確認」の注意点
③の方法では、司法書士が「確認情報」(かくにんじょうほう)と呼ばれる書面を作成し、登記申請書に添付します。この確認情報には、面談の日時・場所・確認した本人確認書類の種類・内容を詳細に記載する必要があります(不動産登記規則第72条第2項)。記載内容が不十分な場合は補正を求められるため、司法書士は面談の準備と記録作成に通常より時間をかけます。
失効申出の手続き
失効申出は、登記名義人本人が法務局の窓口または郵送で行います。申出書に押印(認印で可)のうえ、本人確認書類を添付します。オンライン申請には対応していません(令和6年時点)。共有不動産の場合は、失効させたい登記識別情報の名義人(各共有者)が個別に申出を行う必要があります。
登記識別情報の「部分的な漏えい」リスク
登記識別情報のパスワードは一度法務局に提供しても「消費」されるわけではなく、その後も繰り返し使用可能です。そのため、登記申請書類の一部として提出した控えや、書類作成過程で他者の目に触れた場合のリスクを認識しておく必要があります。悪用を防ぐ観点からも、登記完了後は関係書類を適切に保管または破棄することを推奨します。